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2015年12月メッセージ 「パウロの愛の祈り/ピリピ1:9-11」

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使徒パウロは9節で「わたしは祈っています」と言っています。何を祈っているのでしょうか。「ピリピの人々の愛がいよいよ豊かになるように」ということです。この時パウロが愛と言っているのは、普通の愛ではなく、神の愛、アガペーの愛のことです。私たちはイエス・キリストを信じ、アガペーの愛を知りました。パウロは、もともと極めて冷淡なパリサイ人でした。そしてクリスチャンを見ると片端から捕まえては投獄し、殺害した人ユダヤ教徒でした。人を殺しても平気なほど心の冷たかった人です。その冷たいパウロがイエスキリストの十字架の愛に触れたときに見事に変えられたのです。パウロは自分の体験から、ピリピの人々が神の愛を受けて変えられ、今度は少しでも身近の人々を愛することができるようにと祈ったのです。パウロが第二に祈っているのは、「真の識別力をもって愛せるように」という事です。愛も、織別カが伴わなければ、それは聖書のいうアガペーの愛、本当の愛にはならないのです。イエス様がこの世にお生まれになられたとき、ヨハネは、イエス様は恵みとまことに満ちておられたと証言しました。Ⅰテモテ1:5に「この命令は、きよい心と、正しい良心と偽りの無い信仰とから出てくる愛を目標としています」と書かれています。真理から離れて、本当の愛はないのです。パウロが第三に祈っているのは、11節に、「神の御栄えと誉れが現わされますように」とありますように、「神の栄光」を求める祈りです。『ウエストミンスター小教理間答』も、「人生の主な目的は、神の栄光を表わし、神を永遠に喜ぶことである」と言っています。神の栄光を表わすとは、自分を喜ばせるためではなく、神に喜んでいただくために行動することです。私たちのうちに神への愛が育ってくる時、神が喜んでくださることが、私にとっても喜びになるのです。そして神の喜ばれることは必ず、私たちの益になることなのです。私たちは、神のために最善をなしたいと願っても、振り返ってみると、いつも、もっとこうすればよかった、ああすればよかったと、その不十分さを反省します。しかし、それが、たとえ不十分で足らない点があっても、神は、そんな私たちを喜んでくださるのです。神は私たちのした仕事の出来栄えや実績よりも、どういう動機で、「神のために何かをしたい」と願っているかを見てくださるのです。

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