春日井福音自由教会は「神の愛と祈りに満ちた神の家族」を目指す、春日井市にあるキリストの教会です。

2016年2月メッセージ 「生きるはキリスト死ぬも益なり/ピリピ1:19-26」

  • HOME »
  • »
  • 2016年2月メッセージ 「生きるはキリスト死ぬも益なり/ピリピ1:19-26」

冷酷無比なユダヤ教パリサイ人がキリストの愛に生きるクリスチャンに変身したということは、神の奇跡以外の何ものでもなかった。その様な中で、パウロは、迫害を受けるとかえって信仰に燃やされ、そして「生きることはキリスト、死ぬことも益である」と告白した。パウロは又「わたしの願いは、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかにまさっています」と言った。何故なら、神の国では、主キリストご自身にお会いできる。また、多くの先に天に召されていった昔の聖徒たちアブラハム、ヤコブ、マリヤ、ペテロ、日本人では高山右近、ガラシャ、ペテロ岐部、新谷兄と数え切れないほどの先輩たちに相見えることが出来るのである。それ故、キリストの命に生かされ、キリストのために生きている私たちにとって、この世での死は、復活のキリストに間近でお会いできる恵み以外の何ものでもない。その意味で、クリスチヤンは、自分の死に対して恐れるどころか、逆に希望を持って待ち望んでいるのである。私は最近「イエスに出会った僧侶」と言う本を読んだ。松岡広和牧師は「天台宗の大僧正の孫のお坊さんであったが、仏教大学大学院で勉強していた韓国で、キリストと出会いクリスチャンになり、献身して神学校で学び、現在川口で、めぐみ教会の牧師として働いている」というのである。クリスチャンは永遠の命に入れられている。故に、自分の人生の終わりが近づいた時、うろたえたり、いたずらに死を恐れたりすることなく、天の御国への希望をもって、イエス様に全てを委ねて歩んでいきたいものである。私たちがイエス・キリストを信じる時、神が、聖霊によって私たちを神の子として生まれ変らせてくださる。それがパウロの言う「キリストに生きる」と言うことである。「使命」とは、「命を使う」と書く。神からの使命をつかんでいる人は、より充実した、生きがいのある人生を生きることができる。また、失敗や因難があっても、粘り強く努カし、前進していくことが出来る。ここにクリスチヤン人生の勝利の秘訣がある。私たちクリスチャンに共通した使命は、私たちの生き方を通して、キリストをお見せすることである。私たちの命は神から与えられた使命のために使ってこそ、価値があり、永速の命につながるのである。松岡師は「今まで、イエス様はどこにいるのか、という感じで探して求めていたが、それは間違っていた。イエス様の方から私の方へ来てくださったのだ」と魂の奥底から分かった時、私は心から生ける神を信じることが出来たのであると言っている。

PAGETOP
Copyright © 春日井福音自由教会 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.